~はじめに~
私は、生前に両親が離婚している生粋の母子家庭出身。
その上、親ガチャは母ノースキル・母病弱、養育費0円という不運さだった。
今回の記事では....。
現在、シングルで頑張っているお母さんや、母子家庭にも関わらず、健気に頑張っている人に向けた記事である。
※今回の記事では父親の死別の場合はノーカン。
(理由は口述する。)
※結構刺激的な内容なので、読みたくない人はここでブラウザバックして欲しい。
母への不満、恨みを漏らすような記事になってしまったが、これが母子家庭に育つ子どもがリアルに感じていることを記事にしています。
母子家庭に生まれたことは、僕の運命であり、他の多数と少々違う人生をたどれたことは良い経験であったと感じています。
現在でも、母のことは好きだし、不仲でもありません。感謝もしていることを理解した上で読んで下さい。
この記事の内容
母子家庭で頑張っているのは子ども
最初に、最重要なことから話すと。死別を理由とした離婚以外で発生した母子家庭を除く、全ての母子家庭で”頑張っている”と言えるのは、子どもだけだということだ。
母親が、いわゆるワンオペ育児をしているのは、完全に両親の勝手でしかない。その勝手の始末をするのは、子どもに他ならないのだ。母子家庭出身の子供は、いらぬ苦労をかけられるのは、一部の恵まれた母子家庭を除いて不可避なのだ。
母子家庭出身という残酷すぎる未来
母子家庭は子供が苦労を背負う理由について、説明していこうと思う。
くどいようだが、これは普通の母子家庭の話である。祖父母家庭が裕福で経済的援助や、マンパワーが潤沢にある過程はこの限りでない。
1.母親の決定に反論することは不可能
まず、母子家庭は、家庭の構成要素が母と子の二つしか存在しない。
そのため、母親に全ての決定権がある。
これが既に、独裁政治といっても過言ではない。普通の両親がそろっている環境であれば、普通、父親が生活資金をメインでが稼ぎ、母親がその補助をする形がセオリーだ。 母子家庭では母親の決定を覆すことは決して出来ない。それは多くの場合、子どもの為を見せかけ、母親の都合がいいようにされている。
生活費が足りなかったり、将来の貯金が出来そうになければ、両親のどちらかがスキルアップをするなどして、生活水準を下げないように努力する。それは、生活水準を落としたくない一種の見栄だろう。
が、シンママ家庭は違う。母子家庭の多くは、生活水準を下げることで、それを補おうとする。もちろん、単身世帯ではそれも良策だろう。
しかし、私は築70年の市営住宅で0~19歳までの期間を過ごす羽目になった。周りは、言葉も通じない、文化も違う中国人やジャマイカ人がウロウロしていた。そこでは日本人がレアな程だった。
小学校では、地区ごとに一種の経済的ヒエラルキーがあった。その中でも、私の地区は言うまでもなく最底辺。
資源回収などの地区ごとに集合する会合に出席すれば、自分の地区が即バレ。住んでいる地区が最底辺地区というだけで、仲間外れにされることもあった。
母は養育費をもらっていなかった。
何か欲しいといっても、いつも『そんな金ない。』で片付けられた私は、一度母に『養育費をもらえばいいじゃん。』と言ったことがあった。
母は、ドヤりながらこう答えた。
『 離婚した時に、あなたに会わせろとか言われるのが、面倒だから養育費はなしにした。 』
これもズレている。養育費は子どもの権利であり、親が勝手に調整するものでもない。私は、家庭に父親がいるという概念すらなかったので、実父に会いたいと感じたことは無かった。しかし、もしかしたら、実父と会いたい子どももいるかもしれない。
そして、何度これを理由にガマンをさせられたか分からない。
生活水準を上げるも下げるも母親次第
テレビのチャンネルも、食べ物も、進路も養育費も、最終的には母親の意志が尊重される。
それが、母子家庭なのだ。
2.素直に遊ぶことが出来なくなる
真面目な母子家庭出身の子供は、時間のムダが嫌いになる。
理由は、自分と同年代の子が持っている玩具やゲームを持っていないからだ。
玩具やゲームで一緒に遊べないとかそういう次元ではない。小学校にもなると、現在貧乏でも、将来、少しでも裕福な家庭を築こうと努力しようとしているのだ。
小学校低学年がだ。今考えると歪みまくっている。
努力の方法も知らないし、教えてくれる人もいなかった私は、同学年の子どもが遊んでいるのを横目に、自販機下やつり銭口にお金がないか、探す活動を黙々としていた。
高校の時、同級生が人文学部や社会学部といった、”何者になるか不明瞭学部”に進んでいく同級生達が、奇行腫に見えた。
今考えると、”遊ぶ余裕”が違うのだ。
彼らと私とでは、育ってきた環境のハングリー精神が違った。
この考えは今でも根深く残っており、私にはレジャー時間を純粋に楽しむ事が難しい。レジャー時間は楽しくても、その後必ず、遊んでしまったと後悔をする。
一日の最後に”今日一日楽しかった!”と床に就けないのだ。
3.将来=母親のスペック
小学校低学年の時の話だ。
母親から、『 〇〇は将来何になりたいの? 』と尋ねられたことがある。
私は、母親を見て知っていた。
”サラリーマンは一生貧乏 ”
母に答えた。
『 ボクは社長になりたい。 』
母は空かさずこう答えた。
『 ダメよ。社長は、失敗したら取り返しがつかないわ。普通が一番! 』
当時、小学生だった私には当然反論なんか出来なかった。
それどころか、その言葉を鵜呑みにし、妄信し続け、結局就職安定力◎の看護師になった。後悔しているかと聞かれれば、後悔している。
なんせ、看護師になりたいと思ったことなど一秒たりたもないのに、看護師をやっているのだから。
こんな時、父親がいたら別の意見も提案してくれたりするのだろう。
4.評価されるのは常に親である謎
親戚の家に行くと必ずこう言われる。
『 〇〇君のお母さんは1人で頑張っているんだから、助けてあげてね。 』
それを言われる度に、いくら親戚でもブッ〇してやろうかと思った。
何も自分の責任で、母親が苦労しているわけじゃない。それどころか、生活環境も資金力も最底辺で、家事やら地区の清掃活動やらまでやらされているのに、まだ頑張れというのかと。
何もしてくれない。金も出さないで、口だけ出すなら誰でも出来る。
自分が親になって分かったことだが、少なくとも親が頑張るのは当然だ。
子どもが頑張るかどうかは、子ども次第といったところだろう。頑張る子は頑張るし、頑張らない子は頑張らない。
少なくとも、当時の私は必死だった。どんなに必死に努力しても、
『 ○○君が頑張っているのは、お母さんが頑張っているからだね。 』
たったそれだけで終了。そして、母はなぜかドヤっているのにムカついた。
5.環境調整は不可能
私が中学生の時だ。
母の教え通り、エリート会社員を目指していた私は、近所の有名高校に進学しようと勉強に励もうとしていた。
しかし、母は土日は普通に休日、平日日中のみの仕事であり、私と生活時間がほぼ同じであった為、私が家にいる時は常に家にいた。
不遇だったのが、母はヘビースモーカーだったことだ。先にも述べたように、私の生活環境は築70年の市営住宅だ。キッチンと井間、寝室しかない質素を極みだった。
母は、常に井間で爆音で貯め録りしてある連ドラを鑑賞しながら、機関車の煙突のようにタバコをふかしていた。
私は、その中で勉強するしかなかったのだ。本当にそこでしか勉強する場所が無かった。そんじょそこらの、なんちゃってヤンキーよりも、私の方が副流煙のみでニコチンやタールに被爆している自身がある。
家中、ヤニで黄色かったし、ベタベタしていた。
月600円の小遣いの中から、100円ショップでイヤホンを買い、母に装着を依頼したが即、断られた。
タバコの煙も容赦なく私を襲った。窓を開けて良い夏場はまだよかったが、冬は自称冷え性の母親は、換気も許してくれなかった。
大げさな話ではなく、私の中学の制服はひどくタバコ臭く、担任の先生に日常的に喫煙をしているのではないかと疑われたこともあった。(普段からクソ真面目な私がタバコを吸うはずがないと、先生もすぐに理解してくれたが、、、。)
結局、資金力に乏しい母子家庭は、勉強出来る環境すら獲得が難しい。
両親そろっている家庭の子どもに勉強で勝つことなど、至難の業であると今振り返っても思う。
シンママ × 一人っ子 = 一生介護要員
もし、これを読んでいる君が、母子家庭の一人っ子だとしたら、これから来るであろう残酷な未来について話さなければならない。
そう、君が生まれてきた目的は親の介護要員だ。君はが40歳くらいになったら、親の介護要員になるしかない未来が待っている。
親の介護要員を回避する方法はただ一つ。
それは、”親を捨てる”こと。
この方法しかない。ただ、このたった一つの方法も、 (一応)君を一生懸命大人まで育て上げてくれた親を捨てるという、スーパー激重心理負担を背負うことになる。
本来は、両親同士で老々介護し合い、助け合うのが普通。それを君の貴重な人生の時間をゴッソリ親に割かなければならないのが母子家庭出身である君の運命なんだ。
親の勝手で、親を捨てるか、介護要員になるかの二択を迫られるなんて、本当に残酷な運命を背負わされるのが母子家庭の子供の運命だ。
もし、自分の人生を大切にしたいと思うなら、親を切る選択肢も間違っていないと思う。切られた親も、自分の子供の選択に対して、さほど恨んだりしないだろう。
人並みの結婚も難しい
私は25歳の時に結婚した。いわゆる授かり婚だった。
当然、結婚の時はメチャクチャモメた。
母は、あろう事か同居を希望したのだ。昔から、母は私の結婚に関しては、ついてくる意志があることを仄めかしていた。それも、本当にストレスだった。
自分の人生の選択肢は本当に少ないと感じていた。
今時、同居なんて不可能に近い。母は少しお金を出すからと言って、二世帯住宅を建てて欲しいと言ってきた。
そんなん絶対無理。
私は医者でも弁護士でも社長でもない。2世帯住宅なんて建てられるわけがないのだ。(※私の住んでいる地域(地方)で、土地から2世帯住宅を建てると約6000万円かかる。)
妻も同居は反対していた。
長男だから、親の面倒をみなくちゃいけないという古代のセオリーは、母子家庭の子ども(しかも一人っ子)に背負わせるのは残酷すぎる。
本当に自分の人生が無くなってしまう。
ちなみに、同居は離婚率をハネ上げ、離婚時に住宅ローンの支払いでモメる率がハンパないので、2世帯住宅を建てるくらいなら2件家を購入した方が良いぞ!!
結局、別居を通した。(この選択は、間違っていなかったと思っているので参考にして欲しい。)
もし、それでも子どもと同居したいというシンママのみなさんは、子どもが圧倒的金持ちになるように育ててあげて欲しい。
父親死別家庭は、母子家庭界の超エリート
最後にサラっというが、父親死別は遺族年金が入るので、母子家庭カウントしないで欲しい。父親が亡くなるのはもちろん残念なことだが、こと生活に関しては絶対に楽なんだ。(一般に、養育費より遺族年金の方が高額。)
どうせ、父親がいないのなら、お金だけでもあった方が絶対良い。
会ったこともない父親に何の情もなかった私は、いっそ父親が死亡した形の離婚だったらなぁと、よく考えていた。