アルコール依存症の看護過程、看護計画(OP、TP、EP)のための必要な情報収集(観察項目)とアセスメント、主な看護計画と看護問題に対する成果目標達成の為の具体策例
本記事の内容
アルコール依存症の患者の看護に必要な情報(観察項目)と、そのアセスメント
1.患者背景
①現病歴
・飲酒の経過、状況
・離脱症状の既往
②現在の症状
[ 早期離脱症状 ]
・自律神経症状、精神症状
・消化器症状、手指や身体の震え
・記銘力障害の有無
・けいれん発作など
(補足) 早期離脱症状は、哀愁飲酒より4~12時間後に起こり、2~3日続く。
発汗、動悸、頻脈などの自律神経症状は、不眠、焦燥感などの精神症状とともに、悪心・嘔吐などの消化器症状も随伴する。
「後期離脱症状」
・自律神経症状
・全身の粗大な振戦
・不安
・興奮状態
・見当識障害
・意識障害(せん妄)
・幻覚、幻聴
(補足) 後期離脱症状は、早期離脱症状に続いて72~92時間に多く出現する、より重篤な自律神経症状 (※120回/分異常の頻脈、38℃以上の体温上昇など) と全身の粗大な振戦を伴う意識障害が生じる。
③治療(薬物治療)
(補足) 効果的な薬物療法が行えるように、離脱症状を正確に観察・評価する。
離脱症状の出現抑制に、主にベンゾジアゼピン系抗不安薬(ジアゼパム)や幻覚、興奮に対し抗精神病薬が使用される。離脱痙攣の治療には抗てんかん薬が使用される場合がある。
④既往歴
・肝障害など
⑤職業、経済状況
⑥家族歴、家庭環境、生育歴
⑦病前性格
2.全身状態
①栄養状態
・食事摂取内容、量
・身長、体重、体重の変動
・口腔、皮膚・粘膜の状態
(補足) アルコールの依存により、摂食パターンが乱れ、栄養状態が不良であることが多い。また、慢性的な飲酒により、胃炎や悪心・嘔吐、下痢などの胃腸障害を伴っている場合も多く、さらに栄養状態が悪化するリスクがある。
#A 心理的要因に関連した栄養摂取/消費バランス異常:必要量以下
②代謝状態
・代謝性疾患の既往歴
③排泄状態
・排便、排尿状態
・水分出納
(補足) 栄養状態の低下や離脱症状(発熱、発汗などの自律神経症状)により電解質の異常が生じやすい。
電解質の異常は全身状態への影響も大きい。十分な水分補給を行いバイタルサインを十分に観察する。
④身体合併症
・肝臓疾患(静脈瘤、腹水、黄疸など)
・循環器(クモ状血管腫)
・神経障害(手のしびれ、脱力など)
・胃腸障害(悪心・嘔吐、下痢など)
⑤検査データ
・電解質(Na、Kなど)
・合併症の検査
(補足) 依存的な大量飲酒が持続することで、アルコールやアセトアルデヒドの毒性、食生活の乱れによる栄養障害などにより、様々な精神・身体症状と臓器障害が出現する。
特に肝臓系の障害は、アルコール性肝硬変や肝臓がんに進行するリスクがある。離脱症状の出現により、合併症はさらに全身状態を悪化させる。全身状態を改善するために、検査データを照合し、合併症の有無と程度を把握する。
3.活動と休息のバランス
①日常生活での活動状況
②ADLの程度
・保清、整容状態など
③睡眠状態と睡眠薬の与薬状況
(補足) 離脱に伴う精神症状として不眠が出現する。振戦・せん妄、幻覚により患者は恐怖心に駆られる。また、神経過敏から些細なことで落ち着きが無くなり、混乱をきたす。睡眠と安心感が得られたか把握する。
#C 長期に関わる不快感に関連した睡眠剥奪
④早期離脱症状
⑤後期離脱症状
(補足) 離脱症状に伴う発熱、発汗により、更衣や身体清潔保持への援助が必要となる。さらに記憶障害、幻覚・妄想()
(※とくに嫉妬妄想)や手足のしびれ、脱力などの精神・神経障害が出現すると、食事、保清、排泄などの日常生活が自力で行えない場合もある。
#D 意欲の低下に関連した入浴セルフケア不足
4.知覚・認知の状態
①入院の動機
②疾患・治療についての知識と反応
(補足) アルコール依存症患者は自分の不甲斐なさを嘆き、敗北感を味わっており、根底には”低い自尊感情”を持っていることが多い。そして、家庭や職場の問題も抱えていることが多く。
離脱症状が落ち着くと、今後の生活への不安、焦りが生じる。睡眠、食事摂取状況や言動などを十分に観察し、それらの感情を十分に表出出来ているかを観察する。
・精神療法(個人、集団)
・心理社会的治療
・認知行動療法
・断酒会、AA会などの自助グループへの参加状況
(自我防衛機制・コーピング規制の状態)
アルコール依存症の患者は、飲酒に対して否認、合理化、投影、軽視などのコーピング規制をもつ。これらの規制は、依存症発生以前から持っていることが多く、他の健康的なコーピング規制となることが困難である。したがって、患者が入退院を繰り返し、退行現象があったとしても、一概に落胆はせず、飲酒しない生活への再構築に向けた支援を継続する姿勢が重要になる。
・自助グループへの参加時の言動、他者との関わり
・薬物療法(離脱症状の治療、回復期の治療(抗酒薬)、合併症に対する治療)
(補足)離脱症状の興奮、幻覚、見当識障害、全身の粗大な振戦によるベッドからの転倒や点滴の抜管など、また、長期のアルコール依存に伴う神経鈍麻による熱傷のリスクもある。興奮や恐怖心が強い場合は、自殺の危険性もある。自殺、事故、身体損傷を防止し、安全な環境調整を行う。
・家族療法、ソーシャルワーク
#F 情動の問題に関連した身体損傷リスク状態
5.周囲の認識・支援体制
①家族関係
・婚姻状況、配偶者、子どもの状態
・家庭での役割、役割の遂行状態
(補足) アルコール依存により家庭の崩壊、経済的問題が生じていることが多い。全ての問題の原因を患者の飲酒行動とし、家族・周囲の精神保健が維持されていることも多い。家族は患者に対し、非難・拒絶・哀願を繰り返し、それがまた患者の飲酒を助長する。
②職業
・業務内容
・役割
・仕事の満足度
③経済的状況
④周囲との人間関係
⑤外泊時の家族・周囲の受け入れ、協力度
⑥家族の疾患への理解度・言動
・飲酒行動に対する家族の反応
(補足) 家族、とくに配偶者や親は、患者の世話をやき、問題を代行する場合がある。このようなイネイブラー (※依存者を支える人) も依存者の世話をすることで自分の存在感、達成感を感じ、共依存関係にある。
しかし、これは結果的に飲酒行動を容認することになり、病状を悪化させる原因になる。患者の生活行動変容には、家族の疾患への正しい理解が重要となる。家族への支援と地域と連携した社会復帰への支援が必要になる。
#G 重要人物に慢性的に表現していない感情に関連した家族コーピング無力化
主な看護診断と患者の目標(成果目標)
#A 心理的要因に関連した栄養摂取/消費バランス異常:必要量以下
患者の目標(成果目標)
・患者にとって適切な栄養状態となる。
・悪心、嘔吐、下痢が軽減または消失する
・肝機能データが改善する
#B 調節機構の障害に関連した体液量不足
患者の目標(成果目標)
・患者にとって適正な体液量となる。
#C 長期に関わる不快感に関連した睡眠剥奪
患者の目標(成果目標)
・適切な量の睡眠が得られる
・恐怖心を表出し、表情が穏やかになる。
#D 意欲の低下に関連した入浴セルフケア不足
患者の目標(成果目標)
・身体を清潔に保つことが出来る。
#E 状況的危機に関連した非効果的コーピング
患者の目標(成果目標)
・不安の表出をすることが出来る。
・アルコールに逃避するようになった状況を自ら表現することが出来る。
・洗濯を迫られ現実的な問題を表現する事が出来る。
#F 情動の問題に関連した身体損傷リスク問題
患者の目標(成果目標)
・離脱症状から回復することが出来る。
・身体損傷をすることなく生活することが出来る。
#G 重要人物に慢性的に表現していない感情に関連した家族コーピング無力化
患者の目標(成果目標)
・患者、家族が「自助グループ」「断酒会」「家族会」に孤立せずに参加することが出来る。
・家族が疾患を正しく理解することができ出来、治療対応を摂ることが出来る。
アルコール依存症の患者の看護計画 ( 具体策 ) 例
#A に対する観察計画(OP)
(1)食欲、食事摂取量、食事摂取状態、悪心・嘔吐の状態、水分出納
(補足) 栄養・脱水状態の把握と援助方法を検討する。
(2)顔色、皮膚および全身状態
①鼻尖部の発赤、クモ状血管腫
②下肢、腹部の静脈瘤
③バイタルサイン
(根拠) 栄養。脱水状態、合併症の把握 (※特に肝機能障害、循環器障害に視点を当てる。) アルコール離脱による発熱や合併症により、栄養・脱水状態はさらに悪化する。
(3)補液および治療の状態
(補足) 不足する電解質・ビタミン類の補給をする。
(4)検査データ
(補足) 栄養・脱水状態を把握する。
#A に対する看護ケア計画 (TP)
(1)食事の援助
①口当たりがよく、消化がよい栄養価の高いものとする。
(補足) 胃炎や悪心。嘔吐がある場合が多い。廃棄したり、食欲不振で食べない場合がある。付き添い介助する。
(2)水分の補給
(補足) 経口摂取が可能なら、出来るだけ水分摂取を促す。栄養・ビタミン類の不足を補うためにも、特にジュースや栄養物を添加した麦芽飲料。ミルクなどがよい。
(3)補液及び治療の確実な施行
①電解質、ビタミン類
(補足) 悪心・嘔吐が強い場合に実施する。
#A に対する教育計画 ( EP )
(1)栄養バランスのよい、規則正しい食生活の重要性についての説明
(補足) 離脱症状、嘔吐が強く、経口摂取が困難である場合には行わない。話す場合は、説教的にならないように注意して事前計画をした上で行う。
内容として、患者の身体状態から、その必要性を話す。
#E に対する観察計画 ( OP )
(1)治療(認知行動療法、リハビリテーション・プログラム)への参加状況
①反応
②言動
③他者との関わり
(補足) 不安や行動変容への動機の程度を把握する。家庭、仕事の役割中断に対する言動やコミュニケーション技術について注意する。作業療法やレクリエーション療法の際には、趣味・娯楽を考慮する。
(2)日常生活における行動の変化
(根拠) 不安・抑うつ状態により、睡眠障害、食事摂取量など日常生活上の行動に変化を生じる。
(3)身体的愁訴
①食欲不振
②胃痛
③悪心・嘔吐など
(補足) 不安・抑うつによる身体状況を把握する。
(4)過去の入院治療の状態、自殺企図の有無
(補足) 不安・抑うつによる自殺を防止する。
(5)入院の動機、疾患の認識、入院の背景
(補足) コーピング規制を把握する。
(根拠) 選択を迫られている状況は行動変容の動機になる。
(6)家族との関係、仕事、経済状況
(7)検査データ
(補足) 身体的愁訴(胃痛、食欲不振、悪心。嘔吐など)を検査データと照合する。身体的問題があれば、治療が開始される。
#E に対する看護ケア計画 ( TP )
(1)訴えの傾聴
①他の患者への訪問時にも必ず声かけする
(補足) 不安、焦燥に対して援助介入する。罪悪感を軽減し、支持的で偏らない関係を構築する。
(補足) 看護師が見守り、関心を持っていることを示す。
(2)率直で現実的な態度での援助介入
①評価的な態度にならないようにする
(補足) 支持的で偏ら無い関係を構築する。
(補足) 看護師が評価的な態度をとることは、依存、責任転嫁を助長していしまう。
(3)静かで落ち着いた環境の提供
(補足) 刺激を少なくすることにより、不安を軽減する。
(4)身体症状に対する支持の施行
(補足) 精神状態だけでなく、全身状態を観察する。
(5)患者の行動、感情の把握
(補足) 自殺企図を防止する。
(根拠) 不安、ストレスを誘発する状況との関連に気付くことは、行動変容の第一段階となる。
(6)気分転換方法への援助
(補足) ストレスを軽減・緩和する方法を獲得する。
(7)各種活動に参加し、社会的役割を果たすことが出来るような援助
(根拠) 自尊感情を高め、対人関係能力を高める。
#E に対する教育計画 ( EP )
(1)自己主張の仕方とその評価について説明
(根拠) 効果的コミュニケーション技術の学習により、自尊感情を高める。
(2)疾患の正しい知識の把握と学習への援助
(根拠) アルコール依存症の正しい知識を獲得し、誤解を修正する事で行動変容の支えとなる。
(3)「断酒会」や各種自助グループの紹介
(根拠) 社会の中で禁酒をする技術を習得する。その技術が行動変容の支えとなりうる。
#F に対する観察計画 ( OP )
(1)患者の言動、訴え
①不眠
②焦燥感
③一過性幻聴(ex.「小動物が見える。」など)
(補足) 早期離脱症状の早期発見と対応のために十分観察する。
(根拠) 飲酒中止後、4~12時間に生じる早期離脱症状の早期発見と対応のため。 不眠は離脱症状の重症化に繋がる。
(2)自律神経症状
①発汗、発熱、悪寒、戦慄、手指振戦、頻脈、血圧上昇、呼吸促進
(3)振戦、せん妄(意識障害、精神運動性興奮)、幻覚・幻聴、恐怖心
(根拠) 飲酒中止後、48~96時間に起こる後期離脱症状の早期発見と対応のため、振戦、せん妄、幻覚・幻視による事故防止、恐怖心軽減のため。
(4)知覚障害の有無と程度
(根拠) 長期のアルコール依存による神経鈍麻により熱傷を起こすことがある。
(5)薬物療法に対する反応・副作用
(補足) 治療効果の評価、治療内容の検討を行う。
(6)検査データ
①尿検査
②潜血便検査
③X線検査
④頭部CT検査
⑤血液検査(CKなど)
(補足) 全身症状を把握する。酒気を帯びた交通事故の場合、頭部の状態を検査する。せん妄の場合、CKは上昇する。
#F に対する看護ケア計画(TP)、教育計画 ( EP )
(1)離脱症状の初期症状発見時、速やかに医師へ報告する
(根拠) 速やかな報告と支持の確実な施行は、症状を最小限に抑える。
(2)指示薬剤の確実な与薬
①早期離脱症状の場合、アルコール交差耐性を持つベンゾジアゼピン系抗不安薬(経口ではジアゼパム15~30mg/日など)の使用
(根拠) 早期離脱症状の緩和・予防をすることが出来る。
(補足) 経投与の場合、ハロペリドール3~15mg/日が与薬されることが多い。
②幻覚、興奮の出現では抗精神病薬の使用
③症状が著しい場合、筋肉・静脈注射(ハロペリドール5~10mg/日)
(補足) 後期離脱症状が緩和し、症状か落ち着くまで繰り返し治療がされる。
(3)環境整備
①部屋はナースステーションに近い、または密な観察が可能である部屋にする
②周囲に危険物がないようにする
③ベッド柵など安全対策を施行する
④湯たんぽやポットなどは置かない
(補足) 事故防止の為に実施する。興奮が強い場合、事故の危険性が高い。患者の安全を最優先とする。
⑤静かで、落ち着いた環境とする
(根拠) 離脱期には神経過敏となっている。そのため、外部からの刺激を避ける必要がある。
(4)傍にいて安心できるように声かけ、訴えを受容・傾聴する
(根拠) 恐怖心を軽減する。小声で話すと恐怖を強めるので、声を低めにし、明確に話す。
(5)明るい部屋を提供
(根拠) せん妄により、患者は怯えた状態になっている。その恐怖心を共感しつつ、虫や蛇が実際には存在しないことを保証する。そうすることで、落ち着きを取り戻させる。必要に応じて、日付や時刻を伝え、患者に現実見当識を持たせる。
(6)睡眠への援助
①静かで落ち着いた環境とする
②訴えを受容、傾聴する
③指示の睡眠薬の与薬
(根拠) 日中は比較的落ち着いた除隊であっても、夕方から夜間にかけて不穏状態となる事がある。幻視や錯覚がある場合、暗いと不安を増強させる場合がある。
(根拠) せん妄により脅え、不眠となる。不眠は全身状態を低下させ、離脱症状を重症化させる。
(7)ひげそりは電気式器具を使用する
(根拠) 離脱症状による手指の振戦により、刃物の使用は控える必要がある、その為、刃のついた髭剃りの使用は避け、電気式のものを使用する。